子宮けい癌part4

おはようございます<(_ _)>

今日は、暑い1日になりそうですねf(^_^;

水分補給しながら頑張っていきましょう♪

5月から次男がテニスを習い始めたんですが、毎月進級テストがあります!

今月がその月で、合格すると初級にいけるんですが、入会するときに

『なかなか、1ヶ月で合格できる人はいなくて、3ヶ月ぐらいはかかります。』

と言われてたんですが、、、

見事!!合格出来ました!!笑

私と主人もまさかと思っていたのでびっくり

!!( ; ロ)゚ ゚

また忙しくなるなと、、、(・・;)

そんな今日は

今日は、私がなった子宮けい癌の続きをを書いていきたいと思います。

話が分からないかたはpart1から見て頂けると助かります♪

土曜日の朝から紹介状を持って大学病院に行きました。

いつもは、人で溢れている病院も静かな状態でした。

病棟に着き、教授が対応してくれました。

この教授が9年近くお世話になった担当医です。

総合病院から持ってきた、資料と紹介状を渡すと

『早速、内診しましょう。』

となり、診察台へ。

教授が

『これは、、、早くしたがいいかな、、、ちょっと細胞取るね。』

と。

主人も一緒に話を聞き、

『見た限り、癌に間違いないでしょう。年齢的にも早めに入院し、手術が良いと思います。大きさもあるので、早めにします。』

そして、

『後、2週間遅かったら、手術は無理だったと思います。本当に良かった。』

その言葉に嬉しい半面、怖くなりました。

入院は検査をし、手術日を決めた後に入院することに。

病院は市内で、その時の住まいは離れていたので、別々に生活するのかな、、、、。

と一人で考えていましたが、帰り道、主人が

『明日にでも本部に掛け合って異動できるか相談するよ。引っ越しもするから大丈夫だよ。』

私はてっきり実家にお世話になるしかないと思っていましたが、主人は

『家族はいつでも一緒にいなきゃだめでしょ。』

そこからは、引っ越し先や手続きに追われながら、検査をしに病院に行く日々でした。

検査をしながら、主治医と話しているとやはりあまり良くはなく、2週間後には入院することに。

子宮けい癌の人のブログを見たり、調べたりしていると私の年齢で子宮けい癌になっている人はおらず、状態も悪い記事ばかりでした。

そんな時に書いた私の日記があります。主人が捨てずに取っていてくれました。

こんな内容でした。

○○・○○(子どもの名前)2人の子どもが産めたこと、幸せです。○○と出会えて幸せです。まだまだしたい事、行きたいとこあるんだよね。転移・再発、、これは5年以上しないと分からない。長い長い道のり。長い長い戦い。たくさんたくさん心配かけて、たくさんたくさんお金もかかってごめんね。平気なふりしてるけどしんどいな。後遺症もたくさんある。自分でおしっこするのも最低1・2年かかるなんて辛すぎる。私まだ26歳になったばかりだよ。こんな身体になるなんて、、、そんなこと考えても仕方ないけど考える。○○・○○が成人するのを見るのがこの前まで当たり前だったのに今は分からない。HPV(ヒトパピローマウイルス)じゃなくて他のやつだったら生存率10%だって、、、、。こんなにも進行してるんだ。10%の方だったらやばいよね。前向きになる自分と不安になる自分、、、。まだ、1週間たたないのに人生が大きく変わるなんて。生きたい。生きたいよ!!腰だって痛む。出血もひどい。かなり悪性なのかもしれない。でもやるっきゃない!!書いたら少しスッキリした。

26歳の私。

今見ると葛藤してたんだなと思います。この気持ちを忘れずに今を楽しく自分らしく生きている36歳の私。

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